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2005年8月28日 (日)
■ 2日目: 屋根の下で眠る幸せ (土浦~いわき 約150km)
目が覚め、周囲が明るくなっているのに気付いて最初に感じたのは 「やっと夜が終わってくれた」 とほっとする気持ちだった。
時刻は5時過ぎ。
天気はどんよりとした曇り空。
昨晩の暴風はすっかり止んでいたが、起き上がってみると空気は肌寒さを覚えるほど冷え込んでいた。
恐る恐る膝を曲げてみると、歩けないほどではないけれど痛みはしっかり残っている。
公園内の公衆トイレで顔を洗い終えてからも動き出す気力が持てず、ベンチに腰掛けて湖畔の風車をぼうっと眺めていた。
進むべきか、リタイヤすべきか……。
6時を過ぎるとジョギングや犬の散歩で公園を訪れる人が増えてくる。
いつまでも寝袋を広げているわけにもいかず、朝食をとってからリタイヤするかどうか決めることにして、出発の準備を整えた。
公園内の歩道でゆっくりとペダルをこぎはじめると、痛みのせいで左足にはほとんど力を入れられないが、全く走れないというほどではないようだ。
左足に負荷をかけないように注意して、ゆっくり走る。
昨晩のコンビニで朝食を購入。
相変わらず食欲が無く、ホットコーヒーで流し込むようにしてパンを食べた。
食事を終えても立ち上がる気になれず、しばらくのあいだコンビニの前を行き交う車をぼうっと眺めていたが、やがてエネルギーを補給したせいか元気が出てきた。
「2日目でもうリタイヤなんて恥ずかしいし、とりあえずもう少し走ってみよう。その上で膝が痛くて全く進めないようなら、リタイヤしても格好が付くし」
とても前向きな気持ちとはいえないが、そう考えることでやっと再び前に進む踏ん切りをつけることができた。
多少道に迷いつつも16号線に合流し、今にも雨の降り出しそうな曇天の下を北に向かった。
膝の痛みを気にしながらゆっくりと歩道を走っていると、追い越していった車の助手席の窓からおばさんが顔を出して 「シートを落としましたよ!」
とっさに 「ありがとうございます!」 と叫んで急ブレーキをかける。
振り返って確かめると、サドルと荷物の間に挟んでいたアルミシートが無くなっていた。
荷造りをしている時から安定性が悪いなとは思っていたのだが、やはり走っているうちに落としてしまったようだ。
周囲に注意しながら2、300メートル戻ると、車道と歩道の間にある緑地にシートが落ちているのを発見。
車に踏まれたりした形跡もなく、無事回収することができた。
「誰にも頼ることができない」 という気持ちから精神的に余裕がなくなっていただけに、ちょっとした親切がとてもうれしく感じられる。
10時前頃、東京から100kmの距離ポストに到達。
今朝出発したときには膝の痛みのせいで水戸までたどり着けるのかさえわからなかったため、「水戸まで7km」 の表示を見て元気付けられた。
郊外の道は信号が少なく一定の速さで走り続けられるため、膝への負担が少なくて済む。
しかしその一方で、所々に一般道との立体交差によるアップダウンや、高速道路の入口を迂回するための歩道橋があり、その度ごとに膝が悲鳴を上げた。
イミテイションなんて 蹴飛ばして
この痛みは ナイナイふりして
最後に笑う人は 誰でしょう?
急がば廻れ―― JUDY AND MARY 「motto」
ふと気が付くと、このフレーズが絶えず頭の中で繰り返されている。
これが噂の 「ガンダーラ現象」 なのだろうか……。
昼近くなった頃、若干空腹を感じてきたので目に付いたコンビニに入った。
店の前に座り込んでハンバーガーを食べ、コンビニの店名から現在地を調べると日立市の多賀町という場所らしい。
道路が走りやすいせいか、だいぶペースが上がっていて元気付けられる。
食事を終え、PHSの電源を入れてみると聖からメールが届いていたので返信。
普段の居場所から遠く離れてみると、普段当たり前のように思っていた世界の大切さ・人間との繋がりの大切さを改めて強く思い知らされる。
日立市を過ぎると、6号線はついに海と出会う。
しかし、海沿いの道だからといって平坦というわけではなく、むしろこれまでの内陸のコースよりアップダウンがきつい。
福島との県境を前にして次第に雲行きも怪しくなり、ぱらぱらと小雨まで降り出してきた。
最初は気にせずそのまま走り続けていたが、次第に雨脚が強くなってきたためコンビニの店頭で雨宿りさせてもらうことにする。
既に時刻は午後3時過ぎ。
そろそろ今夜の寝床をどこにするか考えなければならない。
昨晩の経験で野宿にはすっかりこりていたし、天候も不安定なので今夜は屋根のある場所で寝たかった。
ツーリングマップルを取り出して確認すると、35kmほど先のいわき市にユースホステルが2軒あることがわかった。
出発前は 「他の旅行者と相部屋」 というところに抵抗があってあまり利用する気はなかったが、野宿の辛さに比べれば布団で眠れるだけで十分だ。
初めての利用ということで少し緊張しながら電話をかけてみると、一軒目は休館日ということで断られてしまったが、二軒目で無事予約がとれた。
野宿慣れしていないと、寝床が決まっていないことに対する不安感はかなり大きい。
今日の目標地点がはっきりしたことで、安心感とともに驚くほど気力が湧いてくるのがわかった。
雨が弱くなってきたところで、再び自転車にまたがって走り出した。
小雨がぱらつく中を走っていくと、濡れた路面がくっきりとラインを描いて乾燥した路面に変わる場所に出くわした。
不思議な風景を眺めていると、竹本くんの 「雨の終わる場所」 のエピソードが思い出され、「いつのまにか遠くまで来たんだなぁ……」 と急に旅の実感が湧いてくる。
やがて、県境を越えていわき市に入った頃には青空も見えてきた。
赤みを帯び始めた太陽の光を背中に浴びながら、ユースホステルのおばさんに聞いた道順に従って6号線のバイパス(いわきサンシャインロード)を走る。
最初のうちは一般道との立体交差によるアップダウンにてこずらされるだけだったが、市街地を通る旧道から分かれたバイパスは、次第に山の中に入り込んでアップダウンが激しくなっていく。
ただでさえ辛い山の中のコースなのに加えて、道路の拡張工事の影響で歩道が全くない区間が多く、バイパスを飛ばす車のすぐ脇を低速でふらふら走らざるを得ない。
肉体的にも精神的にもどんどん疲労が蓄積していく。
もう体力は限界に近いのに走っても走っても次の坂が現れ、山の中をぬって建設されたバイパスの周囲には人家もほとんどない。
周囲を包み込み始めた夕闇に急き立てられて夢中でペダルをこいでいると、自分でも気付かないうちに体力を消耗していたらしい。
歩道にしゃがみ込んで地図を確認した後、立ち上がろうとするとハンガーノックと水分不足から危なく貧血で倒れそうになった。
非常用に準備していたカロリーメイトをむさぼるように食べ、ボトルが空になるまで水を飲んでようやく動けるようになったけれど、日没とともに山の中の気温はぐんぐん下がり焦りばかりが増していく。
すっかり日が暮れた頃、ようやく丘陵地を抜けて6号線と合流することができた。
ここまで来ればユースホステルまでは残り僅か。
7時前に無事今日の宿平ユースホステルに到着することができた。
なかなかいいキャラクターをしたペアレントのおじいさんに宿泊の手続きをしてもらうと、
公営の施設のせいか宿泊費はユースホステルの中でも格安の1,830円とのこと。
相部屋の客がいるのかと思っていたけれど、夏休みも終わりのせいか今日の泊り客は僕を含めて3組のみと非常に空いていて、4人部屋に一人で泊まれることになった。
一日中走って疲れ切ったあとだったので、一人でゆっくりできるのは非常にありがたい。
部屋に入ってベッドに腰を下ろし、ようやく心からほっとすることができた。
素泊まりのため、一息ついたところでおじいさんに教えてもらった近所のレストランに向かう。
既にシーズンオフのせいか、海岸沿いに立つ店の客はカウンターでコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいるおじさんが一人だけ。
少し気まずい思いをしながら四人がけのテーブルに着くと、さっきまで文庫本を読んでいたおじさんがメニューと水を運んできた。
「この人は客じゃなかったのか」 とびっくりしていると、おじさんは再びカウンターに座って文庫本を広げた……。
なんとも奇妙な雰囲気を持った店だったけれど、外界と別の時間が流れているような店内は調度やBGMが不思議なほど心地良く、運ばれてきたハンバーグセットも手抜きが感じられず素直に美味しかった。
こんなふうに 「近くにあったら常連になりたい」 と思うような店に出会ったのは初めてかもしれない。
食事を終えてユースホステルに戻り、風呂に入って汗を流した。
温泉ではないけれど、熱いお湯に浸かれるというだけで何ともいえず気持ちいい。
強風に耐えながら寝袋の中で震えていた昨晩とのあまりの差に、明日以降もできるだけユースホステルに泊まろうと決心した。
ゆっくりと湯船に浸かった後は、洗濯機を借りて汚れ物を洗い明日からの旅の準備を整えた。
洗濯物を干し終えて時計を確かめると、時刻は8時半過ぎになっている。
ふと24時間テレビの100kmマラソンのことを思い出し、ロビーのテレビを付けてみると丸山弁護士が間もなくゴールを迎えるところだった。
リアル夜のピクニックで100kmという距離の遠さを知った今、ゴールしても飄々としている丸山弁護士を素直に 「すごいな」 と思う。
……僕も負けてはいられない。
今朝あれほど悩んだ 「リタイア」 の文字は、僕の心からいつのまにかすっかり消え去っていた。
10時の消灯時間が迫ったので、部屋に戻ってベッドに横になった。
寝る前に現在の状況を掲示板に書こうかと思ったが、なんとPHSが圏外。
現状報告は明日にすることに決め、一日ぶりの布団の上で安らかに目を閉じた。
投稿者 yone : 2005年8月28日 23:59