き み は 泣 い て る の   そ れ と も 笑 っ て る の
T E A R S


 僕が初めてタバコを吸ったのは、夏織の葬儀の日の夜だった。

 あの日の夜遅く、夏織の死を報せる電話を受けたのは留守番電話だった。夏織が実家に帰ってしまい手持ちぶさたになった僕が、友人とともに夜通し遊び歩いていたからだ。

 夏織と僕が半同棲のような生活をしていたことは、ごく親しい友人以外には教えていなかったから、葬儀に顔を出した僕を見ても夏織の両親は何も言わなかった。夏織の友人が気を回して電話をしてくれなければ、僕は夏織の葬儀が終わっても何も知らないままだったんじゃないかと思う。

 今から思い返すと本当に不思議なのだけれど、本堂に流れる読経を聞きながら、僕はちっとも悲しくなんかなかった。誰一人として知人のいない葬儀はひどく居心地が悪くて、しびれた足を引きずって寺を後にした時に心の底からほっとしたのを覚えている。

 葬儀が終わったその足で空港にむかい、アパートの最寄り駅で電車を降りたのは夕方遅くだった。
 駅前で夏織の好きだったドーナツを買い、喧騒に満ちた街をとぼとぼと歩いた。電車の暖房が効きすぎていたせいか、暗闇に包まれていく街の灯りがぼやけて見える。普段あれほど遠く感じていたアパートまでの道程が、なぜかとても短く感じられるのはなぜだろうか。

 アパートの近くにある小さな商店の前に、タバコの自動販売機が置かれていた。光に満ちた店内とは対照的に、冷え冷えとした光を辺りに撒き散らす自動販売機がなぜかとても魅力的で、僕は生まれて初めてタバコを買った。
 すべてのボタンのランプがつくまでコインを押し込み、デザインが一番気に入った銘柄のボタンを押す。缶ジュースしか買ったことがない僕には意外なほど軽い音がして、小さな箱が落ちてきた。

 夕食代わりにドーナツを食べ、夏織が好きだったアーティストのCDを聴きながらタバコに火をつけた。

 なぜか無性に汚れてしまいたかった。
 誰かに傷付けて欲しかった。
 それはたぶん儀式だったのだろう。

 理解したかったんだ、きっと。
 何かを失うことの痛みを。
 何気ない日常の尊さを。

 写真立ての中の君の笑顔の意味を、僕は今やっと知ったのかもしれない。