シ ア ワ セ
H A P P I N E S S


 タバコの自販機に小銭を入れようとした俺の指先から、100円玉が1枚転がり落ちた。銀色のコインは一度だけ金属の格子にあたってはね上がり、次の瞬間には側溝の中に堆積した落ち葉の上になっていた。

 俺は小さく舌打ちをして、こんな場所に自販機を設置したヤツを呪った。100円ともなると簡単に諦めてしまうには惜しい金額だ。なんとか拾うことはできないだろうか。

 格子の間から指をつっこんでみた。落ち葉が堆積しているおかげでコインはだいぶ高い位置にあったが、それでもあとわずかのところで届かない。格子を取り外そうと引っ張ってもみたが、一人の力ではどうにもならないようだ。

 届きそうで届かない苛立ち。

 ……子供の頃に聞いた、おとぎ話を思い出す。


「にじのはしのねもとには、たからものがうまっている」


 金属の格子が手を傷付けても、寂しすぎる現実が心を傷付けても。数えきれないほどの幼さを失い、無力さを認めるための切なさを手にいれた今でさえ。
 目の前に突き出されたシアワセに向って手を伸ばさずにはいられない……。

 側溝の中、自販機の光に照らされて白く光るコインを恨めしげに眺めながら、俺は財布から新しい100円玉を取り出した。落ちてきたタバコを掴み、足早にその場を立ち去る。

 タバコに火を付けながら俺は思う。
 手にしたコンビニ袋の中の温かな弁当に勝るシアワセなんて、この世にあるだろうか? 少なくとも今の俺には。